熊本県主催の「えづけSTOP!鳥獣対策実践塾」第1回目が開催されました。
これから3回開催される予定です。今回の参加者は20名ほど。
行政で鳥獣被害対策を担当されている方を中心に、地域でリーダー的な役割を担っている方々にもご参加いただきました。
今回の実践塾のテーマは、鳥獣被害対策の基本から、集落点検、合意形成、そして実際に地域で対策を動かしていくところまで。
「研修で勉強して終わり」ではなく、それぞれの地域に持ち帰り、実践につなげていくための研修です。
私自身、農家ハンターの活動を通して鳥獣被害の現場に関わってきましたが、今回のお話を聞きながら改めて感じたことがあります。それは、鳥獣被害対策は「獣をどうするか」だけではなく、「地域の人たちとどう取り組んでいくか」がとても大切だということです。

鳥獣被害対策の「基本のキ」から
まずはイノPの楠田さんから、鳥獣被害対策の基本の”キ”と、地域で対策を進めていくうえで大切にしたい姿勢について話がありました。

鳥獣被害が出ると、
「イノシシを捕ってほしい」
「シカを減らしてほしい」
と、どうしても「捕獲」に目が向きがちです。
捕獲はもちろん大切です。
でも!その前にできることがあります。
熊本県が進める「えづけSTOP!」では、鳥獣被害対策を段階的に考えます。
まず、みんなで正しい知識を学ぶ。
そして、野生動物を集落に寄せ付けている原因を減らし、環境を整える。
追い払いや柵によって農地を守る。
そのうえで、捕獲にも取り組んでいく。
つまり、いきなり「捕る」から始めるのではなく、地域のみんなが取り組みやすいことから順番に進めていくという考え方です。
「みんなで学ぶ」が最初にある理由

地域の中で、長く続けていく鳥獣害対策、肝心なことは、一番最初に「みんなで学ぶ」ことです。
一人だけが鳥獣被害対策に詳しくなっても、地域全体の被害を減らしていくには限界があります。
例えば、一軒の農家さんがきちんと電気柵を設置していても、そのすぐ近くに収穫されない柿や栗、放置された野菜くずなどがあったらどうでしょう。
野生動物にとっては、ごちそうです。
人間には「捨ててあるもの」「いらないもの」に見えていても、イノシシやシカから見れば立派なご馳走。
知らず知らずのうちに、人間側が野生動物を集落へ呼び寄せていることもあります。
だからこそ、
「なぜ、イノシシやシカがここに来るのか?」
を、まず地域のみんなで知る。
「獣が悪い。誰か何とかして」から、「自分たちにもできることがあるんじゃないか」へ。
この意識の変化が、地域ぐるみで取り組む鳥獣被害対策のスタートです。
正しい「技術」だけでも対策は進まない
もう一つ、とても印象に残ったのが、「技術的課題」と「適応課題」というお話でした。
例えば、電気柵の張り方が間違っているのであれば、正しい設置方法を学び、直せば改善できます。
これは技術の問題です。
一方で、
「収穫残渣が獣を呼び寄せることは分かった。でも、今までずっと畑に置いていたものをどうする?」
「地域全体で対策した方がいいのは分かる。でも、誰が声をかける?」
「柵を設置したい。でも、みんな考え方が違う」
こうした問題は、正しい知識を伝えるだけではなかなか解決できません。
人の意識や価値観、これまでの習慣にも関わってくるからです。
いい道具があれば解決するわけでもない。
たくさん捕獲すれば、それだけで解決するわけでもない。
最後はやっぱり「人」なんですよね。
だからこそ、行政担当者の役割も、単に補助金や柵、捕獲の制度を用意するだけではないのだと思います。
どう地域と関わり、ときに働きかけや制度で後押しするか。そこも「人」です。
集落を歩くと、対策すべきものが見えてくる

研修では「集落点検」についても紹介されました。
まず航空写真などを広げ、
「ここで被害が出た」
「ここでイノシシをよく見る」
「あそこに誰も収穫しない柿がある」
「ここは耕作放棄地になっている」
といった、住民のみなさんだからこそ知っている情報を地図に落としていきます。
そして、その地図を持って実際に集落を歩く。
地図の上だけでは分からなかったことが、現場に出るとたくさん見えてきます。
「あ、本当にここが藪になっているね」
「ここから入ってきているのかもしれない」
「この柵、下に隙間ができているね」
みんなで同じものを見ることで、「ここを何とかした方がいい」という共通認識も生まれてきます。
共通認識・共通の知識があれば、足並みを揃えて対策しやすくなるのだと思います。
阿蘇市・南小国町では、まずリーダーから始めた
後半では、阿蘇市と南小国町で実際に進められた取り組みも紹介されました。これまでにもブログでご紹介してきましたね。
改めてその取り組みを振り返ると、興味深かったのは、いきなり地域住民全員に働きかけたわけではなかったことです。
まず、区長さんや集落協定の会長さんなど、地域のリーダーとなる人たちに研修を実施。
そこで、
「これは自分たちの地域でもやった方がいい」
と思ったリーダーが地域に持ち帰り、周囲へ働きかけていきました。
そのうえで住民のみなさんも一緒に学び、マップを作り、現地を歩き、どんな対策をするのか話し合う。
つまり、
「意識を変える」
↓
「実際に見て、納得する」
↓
「みんなで合意する」
↓
「実行する」
というプロセスを、とても丁寧に踏んでいたんです。
行政が差配するのではなく、行政はあくまで後押しや専門家との繋ぎ役に徹したことで、あくまで住民が主体となって積極的に対策が進んだという考察が楠田さんから話されました。
「柵を張る」までにも、こんなにプロセスがある
印象的だったのが、柵を設置するまでの過程です。
「補助金があるから、この柵を設置しましょう」
ではありません。
実際の柵を見て、触って、自分たちの農業のやり方に合っているものを考える。
どこに設置するかを話し合う。
さらに設置前には、みんなで予定しているルートを歩く。
普段どのように草刈りをしているのか、地面に凸凹はないか、作業を始めるまでに何を準備しておく必要があるのか。
そこまで確認してから、ようやく設置です。
意外と、「ここはどうしようか」と悩むポイントがあるのだそうです。
そして設置して終わりではなく、最後に不備がないかをもう一度点検する。
「柵を設置する」という一つの事業だけを見れば同じでも、そこに至るまでのプロセスによって、その後は大きく変わるのだと思います。
合意形成は「全員を同じ意見にすること」ではない
地域で何かを始めようとすれば、当然いろいろな意見が出ます。
柵をここに張りたい人もいれば、農作業がしづらくなるから嫌だという人もいる。
維持管理を誰がするのかという問題もあります。
研修の中では、実際に意見がぶつかった事例も紹介されました。
だからこそ大切なのが「合意形成」。
多数決で「はい、決まり」とするのではなく、それぞれの立場や考え方を共有しながら、できるだけ多くの人が納得し、協力できるところを探していきます。
そのためにも、その前段階でみんなが同じ知識を持ち、同じ現場を見ることが大切になります。
「やるか、やらないか」だけで話すのではなく、
「どういう条件だったらできる?」
「まず小さく試してみる?」
「誰が、いつまでに、何をする?」
そこまで具体的にしていく。
これは鳥獣被害対策に限らず、地域で何かを動かすときに、とても大切な視点だと思いました。
行政担当者は「全部やる人」ではなく「つなぐ人」
阿蘇市・南小国町の事例を聞いていて、もう一つ印象に残ったことがあります。
行政担当者が、すべてを自分で引っ張っていたわけではないことです。
・地域と専門家をつなぐ。
・地域のリーダーの顔を立てる。
・研修には一緒に参加し、「自分もこの対策に関わっています」という姿勢を見せ続ける。行政対住民という関係ではなく、同じ方向を向く仲間として関係をつくっていく。
そうして地域との信頼関係を積み重ねていました。
行政担当者だからといって、自分一人で地域を変えなければいけないわけではありません。
むしろ、地域の中にいる「やってみよう」という人を見つけ、その人と専門家、制度、地域をつないでいく。
そんな役割もあるのだと感じました。
「小さな一歩」から
ここまで読むと、
「それは分かったけど、うちの地域でそこまでできるかな……」
と思う方もいるかもしれません。
実は研修でも、まさにそこまで考えられていました。
紹介されたのが「ベイビーステップ」。
最初から阿蘇市や南小国町と同じことを全部やろうとしなくていいんです。
まず、自分がもう少し勉強してみる。
今日知ったことを、同じ課の職員一人に話してみる。
農家さんとの会合で、鳥獣被害対策の資料を一枚配ってみる。
役場の窓口に資料を置いてみる。
待合スペースで「えづけSTOP!」の動画を流してみる。
現場へ行くときに電気柵のテスターを持っていき、農家さんと一緒に電圧を測ってみる。
実際に阿蘇市や南小国町で取り組みを動かしたのも、かつてこの実践塾に参加した方々でした。
そこから、地域の取り組みが始まっています。
今回参加してくださったみなさんの中からもそんな一歩が生まれることを願って!
担当者も試行錯誤
午後は、ワークショップが行われました。
それぞれが抱えている課題や悩みを共有し、「では、次に何をするのか?」を考え、実践につなげていくことを目的に、楠田さんが練り上げたワークショップです。


話を聞いていると、そこには行政の仕組みならではの悩みもありました。
例えば、数年で担当が変わるため、異動してしばらくは鳥獣被害対策についての知識が追いつかず、課題解決に役立てるまでに時間がかかること。
役所内で、鳥獣被害について課題を共有できる人がまだ多くないこと。
そして、「地域にどうアプローチしていけばいいのか分からない」という悩みも聞かれました。



一口に「鳥獣被害対策を進める」といっても、地域によって状況は違いますし、担当者が抱えている課題もそれぞれです。
だからこそ今回のワークショップでは、ただ課題を出して終わるのではなく、自分たちの状況を整理しながら、「今の自分にできること」を具体的なアクションに落とし込めるよう、随所に楠田さんの工夫が見られました。
大きな課題を、一気に解決しようとしなくてもいい。
できることを小さく分けて、「まず、これをやってみよう」と一歩を決める。
午前中に聞いた「ベイビーステップ」の考え方が、午後のワークショップにもつながっていました。
「えづけSTOP!鳥獣対策実践塾」は、まだ続きます。
今回参加されたみなさんが、それぞれの地域に戻ったときに、研修で得た学びやつながりを力に変えて、「まずはこれから」とスムーズな一歩を踏み出せますように!
そして、その小さな一歩が、地域ぐるみの鳥獣被害対策につながっていくことを楽しみにしています。




